大判例

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大分地方裁判所 平成7年(行ウ)1号 判決

原告

甲野太郎

被告

大分県警察本部長

竹花豊

右訴訟代理人弁護士

富川盛郎

右指定代理人

田辺三弘

外五名

主文

一  被告が原告に対してした平成五年六月一〇日付懲戒免職処分は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大分県警察中津警察署地域課A警察官駐在所に勤務する警察官(巡査長)であったところ、被告は、原告に対し、平成五年六月一〇日、原告に次の非違行為(以下「本件非違行為」という。)があり、これが警察に対する信用を著しく傷つけ失墜させたとして、地方公務員法二九条一項に基づき、原告を懲戒免職とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

(一) 原告は、平成五年六月九日午後六時ころ、飲酒のうえ、勤務場所である右駐在所に自己が保管中のけん銃(回転式けん銃、ニューナンブ七七ミリ、六八一二〇二)を所持し、右駐在所から数メートル離れた同僚の中津警察署交通課免許規制主任乙山一男巡査部長宅を訪問し、応対に出た乙山に向けて右けん銃を構え、「俺のことを言ったのはおまえだろうが」と言いながら、逃げる乙山の後を追い、天井に向けて右けん銃を一発発射した。

(二) 原告は、乙山の連絡により駆けつけた機動捜査隊員により、銃砲刀剣類所持等取締法違反の嫌疑で現行逮捕された。

(三) 原告は、乙山宅を訪問する前に、右駐在所において、右けん銃を使用し、居間南側窓ガラスと壁に向けて二発発射した。

2  しかし、本件処分は次のとおり無効である。

(一) 原告は、本件非違行為により、平成五年六月三〇日、暴力行為等処罰ニ関スル法律、銃砲刀剣類所持等取締法、火薬類取締法各違反の罪で、大分地方裁判所中津支部に起訴されたが、平成七年一月二〇日、同裁判所において、本件非違行為当時、心神喪失の状態にあったとして、無罪を宣告され、右判決は、同年二月三日、確定した。

(二) ところで、公務員に対する懲戒処分は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行行為があった場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するために科される制裁であるから、非違行為について、責任能力を有していない者に対しては、懲戒処分を科すことはできない。

(三) そうすると、本件処分は、本来科すことができない処分を、原告に科したものであり、重大かつ明白な瑕疵がある。

3  よって、原告は、本件処分が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(本案前の主張)

本件訴えは、行政事件訴訟法三条四項にいう「無効等確認の訴え」であるところ、同法三六条によれば、無効等確認の訴えは、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができることになっている。

本件では、原告は、本件処分が無効であることを前提として、警察官たる地位を有することの確認を求める訴えを提起することができ、これによりその目的を達成することができるのであるから、本件訴えは不適法であり、却下されるべきである。

(本案に対する答弁)

1 請求原因1及び2(一)の事実は認め、その余は争う。

2(一) 都道府県警察の職員である警察官は、地方公務員法の規定の適用を受け、また、警察職務の特殊性から警察法の適用も受ける。そして、警察法二条は、警察の責務を規定し、その責務達成のため、同法六七条において、警察官には小型武器の所持が認められているが、その使用に関しては、警察官職務執行法七条及び警察官けん銃警棒等使用および取扱い規範(公安委員会規制)が厳格にこれを定めているのであり、これらに違反した場合には即時に厳しい処分が科されることにより、警察における規律の維持が図られ、国民の安全な日常生活が保てるのである。

そして、地方公務員法の定める懲戒処分は、公務員法上の秩序維持を目的として、公務員の義務違反その他の非行に対し、任命権者が、使用主としての立場において、その監督権の行使として科す制裁であるから、当該非違行為については、公務秩序を紊乱している以上、必ずしも公務員の責任能力を必要とするものではない。

原告は、警察官としての本分を忘れ、本件非違行為を起こし、公務秩序に回復し難い亀裂を与えたのであるから、原告を、公務秩序から排除して公務維持を図るために、被告が原告を直ちに懲戒免職処分にしたことは極めて正当である。

(二)仮に、懲戒免職処分を行うについては、その処分の対象となった非違行為について責任能力が必要であるとしても、本件処分が無効であるというためには、本件処分の瑕疵が「重大かつ明白」であることが必要である。

そして、当該瑕疵が「明白」であるというためには、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に誤認があることが、処分成立の当初から外形上、客観的に明白であることを要し、瑕疵が客観的に明白であるということは、処分関係人の知、不知とは無関係に、また、権限ある国家機関の判断を待つまでもなく、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すものである(最高裁昭和三六年三月七日判決民集一五巻三号三八一頁、最高裁昭和三七年七月五日判決民集一六巻七号一四三七頁)。

確かに、本件において、原告は、昭和五二年六月一五日から同年七月七日までの間、精神分裂病の疑いで、入院していたこと、本件非違行為の際に、乙山に対し、けん銃を同人のこめかみに突き付け「本当のことを言え」と意味不明の発言をしていたこと、原告の妻が、平成五年六月六日から、原告の言動を不審に感じていたことからすると、本件非違行為当時、原告に責任能力が欠如していたと考えられる状況は存在していた。しかしながら、原告は、大分県警察の警察官として採用されて以来、本件非違行為までの約一三年間、何らの事故もなく職務を全うし、異常な点は認められなかったこと、原告は、本件非違行為の際に、一旦、乙山の心臓にけん銃を突き付けながら、同人とのやりとりの結果、最終的には天井に向けて発射していること、本件処分前に中津警察署の副署長が懲戒審査委員会における口頭審査の要求の意思確認をしたところ、原告は即時口頭審査放棄書に署名・指印したこと、さらには、原告が、平成五年六月三日に巡査部長試験第二次試験に不合格となり、ショックを受け、そのため不眠に陥っていたこと、本件非違行為の直前に焼酎二、三合、ブランデー約一合を飲み、酩酊状態にあったことからすれば、一般人が客観的に見た場合、原告に責任能力がなかったと判断することができなかったといわざるを得ない(検察官も、原告に責任能力があると判断して、前記のとおり公訴提起をしたものである。)。

よって、本件処分は、重大かつ「明白」な違法はなく、無効ということはできない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  行政事件訴訟法三六条にいう「現在の法律関係に関する訴え」とは、実質的に見て当事者訴訟又は民事訴訟を意味するものであり、実質的に抗告訴訟である場合は、無効確認訴訟を排除するものではなく、懲戒免職処分の無効を前提とする公務員の地位確認訴訟は、懲戒免職の効果をも争うものであり、その実質は抗告訴訟にほかならず、この場合、公務員の地位確認訴訟が許されるからといって懲戒免職処分の無効確認訴訟が否定されるわけではないし、また、諸般の事情により、関係行政庁にその行政処分が無効であることを納得させる必要がある場合には、その無効確認訴訟が許されるというべきである。

2  さらに、現在の法律関係に関する訴えが可能であったとしても、これが、紛争を解決するための争訟形態としては適切なものとはいえず、むしろ、無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態といえる場合には、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによっては、その目的を達成することができないものとして、無効確認訴訟の原告適格を認めるべきである。

本件においては、原告は、警察官としての現在の地位の確認を求めようとするものではなく、あくまで、本件処分の効力を直接争い、本件処分が、無効であることを被告に納得してもらい、本件非違行為当時、心神喪失の状態にあった原告の病状に応じた適法かつ適切な裁量権の行使を求めているのであるから、本件処分の無効確認を求めることは許されるというべきである。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件処分の無効確認を求める訴えの適否について

被告は、無効等確認の訴えは、現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができるのであり、原告が本件処分の効力を争うのであれば、警察官たる地位を有することの確認を求める訴えによることができるのであるから、本件処分の無効確認を求める訴えは、行政事件訴訟法三六条の要件を欠き、不適法であると主張するので、まずこの点につき判断する。

1  被告が、平成五年六月一〇日、原告に対し、本件処分を行ったことについては、当事者間に争いがない。

2  ところで、無効等の確認の訴えは、右同条により、「その効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができる」という消極要件が定められているところ、右消極要件は、当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、右の当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方が、より直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味すると解すべきである(最高裁平成四年九月二二日判決民集四六巻六号一〇九〇頁)。

3  これを本件について見るに、原告は、必ずしも、従前の警察官たる地位を望んでいるわけではなく、むしろ、本件非違行為の当時、心神喪失の状態にあった原告の病状に応じた処分が行われるべきことを主張して、本件処分の効力を問題としているのであるから、公務員たる地位の確認訴訟のような現在の法律関係に関する訴えは、原告の意思に合致しないのであり、むしろ、本件処分の無効確認訴訟を認め、その勝訴判決があったときには、被告に対し、判決の趣旨に沿った処分のやり直しを義務づける方法を認めるのが妥当であり、したがって、本件においては、公務員たる身分の確認訴訟のような現在の法律関係に関する訴えによっては、紛争の抜本的な解決が図れない場合に該当し、本件処分が無効であることの確認を求めるのが、より直截的で適切な争訟形態であるというべきであって、本件は、同条にいう「当該処分…の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」ときに該当するというべきである。

二  本件処分の効力について

1  原告が、本件非違行為につき刑事訴追を受けたが、行為当時、心神喪失の状態であったとする判決が確定したことについては、当事者間に争いがなく、原告に責任能力が欠けた状態で本件非違行為が敢行されたことは、被告において明らかに争わないところである。

2  ところで、公務員に対する懲戒処分は、公務員が法令及び職務上の義務に違反する行為を行うなど、公務員としてふさわしくない非行があった場合に、その責任を確認し、公務員関係における秩序を維持する目的をもって科される行政上の制裁である。このように、懲戒処分は、公務員にとって不利益な行政上の処分である点においては、分限処分と同様であるが、分限処分は、公務員が法の定める一定の事由に該当する場合に、任命権者が主として公務能率維持の観点から当該公務員の責任の有無とは無関係になされる処分であるのに対し、懲戒処分は、懲戒権者が、当該公務員に対して、一定の義務違反を理由として公務秩序維持の観点から、その責任を問うために制裁として行う処分である点で、両者は異なるというべきである。

したがって、懲戒処分は、有責行為に対する法律上の制裁であるから、懲戒処分の対象となった非違行為は、当該公務員において責任能力を有している状態のもとにおいて行われたことが必要であり、行為当時、心神喪失の状態にあった者のなした行為に対しては、懲戒処分を科すことはできないといわざるを得ない。

3  そうすると、本件処分は、心神喪失の状態のもとで行われた本件非違行為に対してなされていることが明らかであるから、本件処分は、懲戒処分を科すことができない場合であるにもかかわらず、行われた瑕疵があるというべきである。

4  そして、行政処分が無効であるというためには、一般的には、当該処分に瑕疵が存在するというだけでは足りず、その瑕疵が重大であり、かつ、その存在が客観的に明白であることが必要であると解されている。しかしながら、当該処分が、処分権者と被処分者との間にのみ存在するものであって、当該処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと、当該処分における瑕疵が、当該処分の根幹に関わるもので極めて重大であり、当該処分による不利益を甘受させることが著しく不当であると認められるような場合には、当該瑕疵の存在が客観的に明白であるかどうかを問わず、当該処分は無効であるというべきである。

本件処分にあっては、右の瑕疵は極めて重大であるといわざるを得ず、しかも、本件処分が、処分権者と被処分者との間にのみ存在するものであって、当該処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のない場合であり、原告に当該処分による不利益を甘受させることが著しく不当であると認められるから、その瑕疵の存在が客観的に明白であるかどうかを問わず、当該処分は無効であるというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菊池徹 裁判官金光健二 裁判官吉岡真一)

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